前章 Chapter 4: スマートリング (Biometric Telemetry)
あの黒縁の眼鏡がスマートグラスだったとしたら?彼は出会った時からずっと眼鏡をかけていたので、特にそのことについて意識したことがなかった。そもそもスマートグラスは、シリコンバレーと違って、まだ日本では一般的に普及しておらず、意識している人も少ない。
慌ててスマートグラスについて調べてみる。画像検索で出てきた縁のある少し分厚めの眼鏡型のデバイスが、彼がかけていた眼鏡と似ているような気がする。動画や写真を撮影する際は、LEDが点灯するようだが、カフェなどの明るい照明では気づかないかもしれない。そういえば、楽しく会話をする中で、彼の眼鏡のレンズが、ときおり妙に青白く反射していたような気もする。それに、彼なら、撮影時に点灯しないように、設定をJailbreak(改造)することもできるのではないか。
更に各種フロンティアAIモデルに聞いてみたところ、スマートグラスで撮影した動画や写真から以下のことができそうなことがわかった。
フォトグラメトリ(複数アングルの写真から3Dモデルを生成)でオブジェクトや空間を再構築
顔・体の動画からDeepMotionなどでモーションキャプチャ的な動きを抽出
声も録れるので音声クローンの素材になりうる
「フォトグラメトリ」や「音声クローン」というどこかで聞いたような技術用語を見た瞬間に、パチパチと頭の中で何かが組み上がった。
「えっ……もしかして、お茶をしている間、ずっと撮影されていた?」
今までなんと無防備だったのだろう。でも仕方ない。普通は、自分のデータを盗まれて、AIに学習され、それを元にアバターを作られるなんて想像もしないはず。私の心は更に迷宮入りしたのだが、同時にいまだかつてない好奇心が湧き出てくるのも感じた。
普通に考えたら最低なことをされている。しかし、私は彼が好きだったのだ。その彼が、わざわざ最新機器や技術を駆使して、私の3Dモデルを作成しているのだ。ゾクゾクした。それが恐怖によるものなのか、興奮によるものなのか、その時は自分でも判別がつかなかった。
ただ一つ確かだったのは、もう私は、彼をただの「不器用だが穏やかな友人」としては見られなくなっていた、ということだった。

